2025年参院選が示す「日本人ファースト」の罠:ポピュリズムと広告手法の危険な融合

なぜ「日本人ファースト」は心に響くのか

2025年7月20日の参院選で参政党が躍進し、「日本人ファースト」というスローガンが多くの有権者の心を掴んだ。このフレーズが持つ吸引力は、トランプ前大統領の「America First」や「Drain the Swamp(沼の水を抜け)」と驚くほど似ている。

同志社大学の吉田徹教授は、参政党の支持層を「社会の中で脆弱な立場に追いやられていると感じる人々の連合体」と分析する([日本経済新聞の分析記事へのリンク])。親の介護、育児費用、停滞する賃金―こうした三重苦に苦しむ現役世代が、自らの苦境の原因を「外国人」という分かりやすいターゲットに求めた構図が浮かび上がる。

広告業界の手法とポピュリズムの共通点

この現象は、広告マーケティングの「ペインポイント戦略」と酷似している。広告業界では、消費者の潜在的な不満や痛み(ペインポイント)を発掘し、それを解決する物語を提示することが基本だ。「日本人ファースト」も同様に、「真面目に働いているのに報われない」という漠然とした不満を、明確な言葉として結晶化させる。

重要なのは、このスローガンの戦略的な曖昧さだ。具体的に何を意味するか定義しないことで、各人が自分の不満を自由に投影できる。これは広告業界で「インサイト」と呼ばれる手法―消費者自身も気づいていない本音を言語化する―と同じメカニズムだ。

学術研究が明かす「悪のエリート」論の構造

欧米の研究者たちは、このような現象を既に詳細に分析している。オックスフォード大学とリバプール大学の2017年研究によれば、アメリカ人の4分の1以上が「世界の出来事の背後には陰謀がある」と信じている。心理学者のFrank P. Mintzは、こうした陰謀論的思考を「エリートを特定し、経済的・社会的大惨事の責任を彼らに負わせ、民衆の行動によって排除されれば事態は改善すると仮定する」パターンとして定義した。

技術革新やグローバル化といった複雑で非人格的な変化を、「悪のエリート」や「外国人」という具体的な敵に置き換えることで、人々は心理的な満足を得る。しかし、これは真の問題解決にはつながらない。

劣等感と疎外感が生む危険な心理

プリンストン大学の2017年研究では、社会的に疎外感を感じる人ほど陰謀論的思考に陥りやすいことが示されている。日本の文脈では、長期にわたる経済停滞と社会保障負担の増大が、多くの人々に「取り残された」という感覚を植え付けた。

参政党の神谷宗幣代表が「集票から逆算して言説を組み立てている」という吉田教授の指摘は重要だ。これは、人々の不安や怒りを政治的資源として戦略的に活用する手法であり、民主主義にとって深刻な脅威となりうる。

欧州の先行事例が示す警告

フランスの国民連合、ドイツのAfD、イタリアの同盟など、欧州では同様の手法で台頭した政党の先例がある。ヨーロッパにおけるポピュリズム研究によれば、これらの政党は、初期には過激な反移民・反グローバリズムを掲げ、その後、支持拡大のために「脱悪魔化」戦略を採用するパターンを示している。

しかし、一度「外国人問題が票になる」ことが証明されると、他の政党も追随せざるを得なくなる。これは社会の分断を深め、真の問題解決を遠ざける「パンドラの箱」効果だ。

真の原因から目を背ける危険性

「日本人ファースト」に引かれる人々の多くは、自らの苦境の真の原因―少子高齢化、産業構造の転換、社会保障制度の持続可能性など―から目を背けている。Castanho Silva氏らの2017年研究は、「強欲なエリート」への陰謀論的信念とポピュリズムの関連性を実証的に示している。

広告が最終的に具体的な商品という解決策を提供するのに対し、ポピュリスト的スローガンは感情的満足だけを与え、実際の解決策は「幻」であることが多い。この違いを理解することが、健全な民主主義を守るために不可欠だ。

今回の参院選は、日本社会が重要な分岐点に立っていることを示した。複雑な問題に真正面から向き合うか、それとも単純で魅力的な物語に逃避するか。その選択が、日本の未来を大きく左右することになるだろう。

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