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盆栽は究極の日本文化

「見上げると、真っ赤に色づいたもみじの隙間から、秋晴れの優しい木漏れ日が降り注ぐ。遠くに聞こえる滝の音も耳に心地いい。思わず地面に広がる苔の絨毯に寝転がりたくなる。あるいは、ピクニックにも最高の場所だろう・・・」

そんな想像をしながら楽しむのが「自然を縮小したもの」という盆栽の魅力だ。「下から見上げるようにして、自分がちっちゃい人間になったつもりで、大きな木であることを感じられるように」と盆栽の見方を説明するのは福岡から盆栽の修行に来ている23歳のTakafumi Annouだ。彼は東京の中心から電車で30分あまり北にいった埼玉県さいたま市にある盆栽園SEIKOUENに勤める盆栽技師だ。「季節ごとに姿かたちが変わり見ていて飽きないが、その分、手入れが大変」と盆栽の維持管理のむつかしさも話す。

このSEIKOUENを含めて、6つほどの盆栽園が集まっている場所は「盆栽村」と呼ばれ、国内外から多くの観光客が訪れる。2010年3月には世界で初めて公立の「盆栽美術館」もオープンした。そこの学芸員、Megumi Hiranoによると明治時代(1868-1912)に入って「田舎で暮らしていた人が都会で暮らすようになって、せめて盆栽で自然の息吹を感じたい」という時代背景から盆栽が盛んになったという。その後、昭和初期ごろから芸術作品として見られるようになり、大隈重信、吉田茂などの大物政治家や実業家に広まり、「欧米にアピールできる日本の精神文化」として外交にも使われたという。

さいたま市が運営する盆栽美術館は盆栽文化を世界に発信するために盆栽を中心に、盆器(盆栽を植える器)、水石suiseki(自然に見立てた石)、絵画資料(浮世絵など盆栽が写っている絵画)、歴史資料の4つを展示解説している。

展示されている浮世絵には、窓辺に飾られた萩の盆栽と月が描かれている。「植物の種類によって季節が分かり、鑑賞の仕方も分かる。盆栽はもともと大名など武家の楽しみだったものが、江戸時代末期には縁日で買って楽しむ庶民的なものになった」とHiranoは説明する。

 美術館には104点の盆栽を所蔵しているが、1億を超える評価額のものが数点あるという。岸信介が持っていたとか、過去どんな人が持っていたかによってプレミアもつくそうだ。松は比較的丈夫で、きちんと育てれば200~300年は持つというので、遺産として他の人の手に渡ることもある。

初めて盆栽村に来たという43歳のカナダ人男性は盆栽の魅力を、「樹木全体が小さな器に収まっているのは、ただただすばらしいと」と語り、自身も2,3の盆栽を持っているという。よくこの美術館に来るという40代の主婦は「すてきな名前がついていたり、下から見上げると小宇宙を体感できたり・・・」とロマンチックな感想を述べる。Hiranoは「見立てるという行為」に注目する。「もともとそうでないものを別のものに見立てる。石を山や家に見立てたり、枝が細かく分かれるように育てて大樹に見立てたり。昔から積み上げてきた日本の究極の文化の形」と評す。

関東大震災(1923年)を機に東京からまだ自然が残るさいたま市に移ってきた盆栽技師たちもいまでは後継者不足に悩む。現在残っている6つの園は入場無料で様々な盆栽が鑑賞でき、購入も可能だ。盆栽美術館も英語、スペイン語、中国語、韓国語などのパンフレットをそろえて、海外からの観光客にも配慮している。5月3,4,5日の連休には盆栽祭りが行われ、100店あまりの出店が立ち並び、1000円程度で盆栽が購入できる。日本に盆栽文化を残すためにも、こうした機会に盆栽に親しんでみる必要がありそうだ。