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たった数度の気温上昇がなぜ問題なのか?

なぜ数度の気温上昇が問題なのか?

2021年11月現在 イギリスのグラスゴーで COP 26が開催している。 気候変動を出来る限り抑え産業革命前の世界の平均気温の上昇を1.5度以内に抑えることを目標にしている。 すでにおよそ1度上昇している。気温が1度や2度上昇したところで感覚的にはほとんど差異がないように思える。 例えば夏の暑い時期に、今日は32度で翌日の最高気温が34度たとしても皮膚感覚ではほとんど差異がないと思うのではないだろうか。 

平均気温が2度上昇すると地中海の夏の平均的な山火事による焼失面積が62%増加
平均気温が2度上昇すると地中海の夏の平均的な山火事による焼失面積が62%増加

しかし気温が1°上昇すれば、 「熱波や干ばつが起こる可能性が何倍にもなる」「巨大な台風が発生する確率も何倍にもなる」。。。そのようなことを科学者が主張している。環境問題は一国では解決できない問題なので、国際的な連携が不可欠である。しかしどの国も声高に主張するだけでなかなか行動が伴っていないのが現状ではないか。 

国がそれぞれ目標を設定すると同時に社会そして企業または個人個人がそれぞれに努力をしないと目標は絵空事に終わる。 私はこの数度の違いを理解をするにはどうすればいいのか考えてみた。 

琵琶湖に学ぶ気候変動の教訓

広大な琵琶湖(竹生島より)
広大な琵琶湖(竹生島より)

私は琵琶湖のほとりについこないだまで8年間住んでいた。 この8年間の間に何度も豪雨に見舞われ、京都の鴨川が氾濫しそうになったり、 嵐山の渡月橋のあたりが洪水になり土産屋や旅館などが大きな被害にあったことがあった。また滋賀県でも橋や鉄橋が崩れ信楽高原鉄道が長い間不通になった時があった。

ある時、大型で強い台風が関西地方を通過したため、京都をはじめ多くの地域に避難勧告が出された。なんでも鴨川や桂川などの水位が危険なレベルまで上昇しているというのだ。 確かにインターネットで確認すると軒並み3 M から4 M 程度上昇していた。「琵琶湖はどうだろうか?」、ふと思いついた私は、琵琶湖の水位を確認するとたった40 CM 程度であった。 

でかすぎてあまり変化が見えないが・・・

Seta River near Lake Biwa
30cmの水位上昇時の琵琶湖

琵琶湖は日本一面積の大きな湖として有名で、茨城県にある2番目に大きい霞ヶ浦の実に3倍以上の大きさがある。 この巨大な湖にとってはどんなにたくさんの雨が降っても水位の変化は微々たるものなのである。(もっとも知り合いのカナダ人がいうには琵琶湖をちっぽけと表現していたが…) 

台風が過ぎ去った3日後は晴天であった。 その日、琵琶湖の水位を確認すると30 CM 程度に下がっていた。 この巨大な湖にとっては水位の変化は大変緩やかなものなのだ。 すでに鴨川や桂川は通常の水位に戻っていた。 私は車を走らせ琵琶湖沿いをドライブした。気温もちょうどよく、のどかな琵琶湖を横目にとても気持ちがよかった。そして瀬田川を下り有名な立木観音の辺りまで来た。ちょっと休憩をかねて新鮮な空気を吸おうと思い、道路脇のスペースに車を止めた。が、車を降りて川の様子を見て驚いた。

雲ひとつない晴天の青空をバックに、その川は荒れ狂ったように流れていた。 川端は見えず周囲の木々をなぎ倒さんばかりの勢いで水が流れていく。 ちょっとした琵琶湖の水位の変化がそこから流れ出る川に大きな影響を及ぼしているのだ。

私はその時、気候変動というのはこれに似ているのではないかと直感した。地球規模で見たらわずかな変化でも局所的に見たら大きな変化を及ぼす可能性がある。気温上昇がたとえ2度程度だとしても、 局所的に大きな水害や干ばつ、熱波また巨大な台風といった結果になって現れるのだ。 どのような確率で局所的に災害をもたらすのかはわからないが、当然面積が大きい国であればあるほどその確率は高くなるだろう。アメリカやオーストラリアまたヨーロッパで昨今水害、干ばつ、山火事が報告されているのも、やはり面積が大きいからゆえの確率の高さではなかろうか。

地球温暖化に懐疑的な人たち

インターステラーが現実に?
インターステラーが現実に?

地球温暖化をミスインフォメーションとしてまともに理解しない、 あるいは信用しない人たちがいる。 科学者は今までの地球の歴史から見るとここ100年程度の気温上昇はいまだかつてない速度であると。 人為的な影響以外に考えられる原因はないとしている。 また温室効果ガスが温暖化に影響する仕組みを今年のノーベル物理学賞を受賞した真鍋さんが証明した。メタンガスや二酸化炭素の排出を抑制することは温暖化を防ぐために科学的にも証明され疑いの余地はない。 

ただし、なかなか自分ごととして考えられない。 ましてや各国の排出抑制政策は、 自分たちの生活とはかけ離れていてなかなか現実のものとして捉えることができない。 そういう見方が一般的ではないだろうか。 結局、映画『インターステラー』のような現実が迫っていて止めることはできないのだろうか。 私は琵琶湖の例を考えた時に実感として理解することができた。 多くの人に何らかのこうした気づきがあると、自分事として考えるきっかけになるのではないかと思う。

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