日本の技術力を体験する
日本の技術力を体験する!
人口900万人近くを有する大阪府最大の駅、JR大阪駅北側の複合施設「うめきた・グランフロント大阪」が賑わっている。開業日の4月26日から5月25日までの商業施設266店舗の売上高をまとめたところ、50億円を突破。1か月間の来場者数は761万人で、既に来年3月末までの目標である2500万人の3割を超えた。
ここには単なる商業施設とは違うユニークなものが入っている。知的創造拠点「ナレッジキャピタル」だ。企業や大学の研究機関が入居し、その研究内容を一般の人にも見てもらうことで、よりよい研究成果を生むのが狙いだ。
運営する一般社団法人ナレッジキャピタルによると似た施設は国内になく、世界的にも珍しい。宮原代表理事は「めざすのは科学技術と感性の融合。みんなでおもしろいことをして、大阪を元気にしたい」という。
ナレッジキャピタルの中でも注目すべきは、地下1階から地上3階に入っている「The Lab.みんなで世界一研究所」だ。メガネ型コンピューター、3Dデジタルファッション技術、最先端の介護用サービスロボットなど企業や大学の開発段階のプロトタイプや活動を見て、触れて、体験して、語り合う交流施設だ。
実際にThe Lab.の一部を紹介しよう。まず1階に入っているカフェラボでナレッジキャピタル全体の情報が得られる。通常のカフェとしての機能の他、テーブルに設置されている電子端末でここでしか見られない最新のデジタル雑誌やコミックなどのコンテンツが楽しめる。また、対話と体験を通して楽しく学べる様々な参加型ワークショップも定期的に実施される。
地下1階にあるのはイベントラボ。ナレッジキャピタルのコンセプトを発信する自主イベントをはじめ、展示会、イベント、企画展の開催を通じ、最先端技術や斬新なデザイン、優れたアートなどを紹介するイベントフロアだ。現在、開業記念イベントとして「THE 世界一展」を9月1日まで開催している。ここでは過去から現在に至るまで日本が誇る世界一の技術や世界初の商品を紹介している。GDPの規模が世界3位に落ちて日本の存在感が低下している中で、「日本はすごかった!日本はいまでもすごい!」と思わせてくれるよくできた展示だ。 まず「日本を変えた、世界を変えたイノベーション」と題して、現在の豊かな日本を作り上げた過去に作られた代表的な商品を紹介するコーナーから始まる。
世界一を誇る日本の商品や技術
「自転車のように誰でも気軽に乗れるバイクを」というコンセプトで本田技研工業が1958年にスーパーカブを製造。累積生産台数は7600万台を突破(ギネス世界記録)。今も世界中で売れ続けている。
1954年から1973年の間に日本は経済的な高い成長を遂げた。その頃、「白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫」が三種の神器として家庭に普及した。それに続いて発売された「寝ている間にご飯が炊ける」夢の調理器具として電気炊飯器が登場。煤まみれの竈のある住空間を変えて、女性の社会進出を助けたといわれる。
“人の邪魔にならないでどこでも音楽を楽しめるように”というコンセプトで作られた携帯型音楽再生機は世界を驚かせた。新しい音楽の楽しみ方は世界中の若者たちに支持された。iPodなどの原点ともいえる商品。
いまでは携帯電話の機能にもある電卓。100円ショップでも購入できるほど価格が下がったが、当時は高値の花だった。シャープが1973年に発売した世界初の電子式卓上計算機は当時26,800円。計算の道具はそろばんから電卓の時代へと急速に変わっていった。
この他、「シャープペンシル」や「カップヌードル」など国内だけでなく世界に誇る日本の文化や技術が展示されている。日本はcopycatがうまいと言われたが、独創的な商品も数多くあったことを気づかせてくれる。
しかし、過去だけではない。現在でもそうしたイノベーション魂が生きていることを実感させてくれるのが次のコーナーだ。 「発見!世界一ライフ」では身の回りにあるものが、実は日本の最先端の技術によって支えられていることを気づかせてくれるコーナーだ。航空機の胴体や主翼に使われている強くて軽い「炭素繊維」、着るだけで発熱する繊維から、寿司ロボット、全自動イカ釣り機そして初音ミクやHello Kittyといったソフトパワーまで様々な日本発のすぐれた商品が展示されている。
植物と動物の両方の特徴を備えた体長わずか約0.05mmという小さな微生物で、その食用野外大量栽培に世界で初めて成功した(株)ユーグレナは、ビタミン、ミネラル、アミノ酸、DHA、EPAなど59種類の栄養素が含まれる機能性食品としてミドリムシクッキーを販売。現在、二酸化炭素固定化、水質浄化やバイオ燃料の生産に向けた研究も行っているという。
1970年代半ばに誕生したかに風味の蒲鉾は現在、米国、ロシア、仏蘭西、モロッコ、ブラジルなど世界の人々から愛される国際的なヘルシーフードに成長。その世界のカニカマ市場を拓いたのが(株)ヤナギヤの「カニカマ製造装置」。各国の食生活、食文化に応じた生産方法や原料調合に対応し、製品の多様化に成功。現在、世界シェアの7割を占める。
いまや世界中でいたるところにある回転すし。その成長を影で支えているのがコンベア機。世界シェア6割の石野製作所が作った最新型のチェーンレスコンベアは表面が動いていないのに物が運ばれてくる。磁石の力を利用したもので、静かで掃除も楽で衛生的と大変評判になっているという。
染色の技術を応用して作った電気を通す繊維。糸が伸縮しても導電性は損なわれないという。電線の代用として注目され、今後は抵抗値を下げることを目指しているという。
また、日本は最先端の技術だけでなく、ソフトパワーの分野でも世界で大きな影響力を持っている。Hello Kittyはいまや世界109カ国以上で年間5万種類のグッズが発売される世界的キャラクターだ。また、初音ミクは2007年に発売された「歌を歌うソフトウェア」で、ソフトのパッケージに描かれた「キャラクター」だ。多くのアマチュアクリエイターが「初音ミク」のソフトウェアを使い、音楽を制作して、ネットに公開した。また音楽だけでなく、イラストや動画などのクリエイターも、版権元のクリプトン・フューチャー・メディア(株)の許諾を得て、初音ミクをモチーフとした創作しネットに公開。今では初音ミクは日本だけでなく海外でも人気のバーチャル歌手となった。3D映像技術を駆使したコンサートも国内外で行われている。 展示の次のコーナー「潜入!世界一ファクトリー」では、突出した何度の高い技術や品質によって支えられている日本の物作りの真髄を見ることができる。スマフォに使われるゴマ粒より小さい電子コンパス、画面の反射を防止し傷や汚れを防ぐ反射防止フィルム、そして医学の分野でもがん細胞を光らせるスプレー試薬から針先が0.18mmの痛くない注射針まで様々な技術を目にすることができる。
どんどん高機能になっているスマフォ。それを可能にしているのが、電子部品の小型化、大容量化だ。村田製作所が作った世界最小のmonolithic ceramic capacitorは0.25×0.125mmほどの肉眼では見えないサイズ。スマフォにはこれが500から700個搭載されているという。
また電子機器の内部にはcapacitorsのアルミ箔が接触しないようにseparatorsが使われているがここでも日本の技術が光っている。この分野で世界シェアの6割を持つNippon Kodoshi Corporationは和紙の技術を活かして密度や厚さが一定の高品質な紙を製造している。
日本は加工する技術も世界最先端だ。半導体素材であるシリコンウェハーをチップ状に切断する装置で世界シェア8割を誇る(株)ディスコの技術を使うと、髪の毛の断面なら35分割、シャープペンの芯なら約850分割できる。この精密切断技術で半導体チップを小型化するで、スマフォやTVなどの電子製品のスリム化に貢献している。
駆動装置には欠かせないベアリングの生産も日本はトップクラスだ。22mm以下のミニチュア・ボールベアリングで世界シェア6割を占め、月産2億個を生産しているミネベア(株)は世界最小の外径1.5mmの極小ボールベアリングを展示。医療機器やマイクロマシンの駆動部分への活用を提案しているという。
その他、家庭用インクジェットプリンターの1/1000以下の世界最小の液滴の吐出によって描いた世界地図(1.3mm×2.1mm)など数え切れないほどの日本の巧みの技術が展示されている。日本人であれば日本人としての誇りが芽生えるだろうし、外国人からすれば日本が持っている技術力に改めて驚かされるだろう。
日本の産業分野別マーケットシェア
実は展示の入り口には日本の産業分野の世界マーケットでのシェアが図で示されている。それを見ると自動車は39.3兆円と規模は大きいが世界シェアでは27%程度しかない。また医療用医薬品も9.7兆円と巨大だがシェアは11%たらず。しかし、High Tensile Strength Steelは3.4兆円の規模で79%、デジタル一眼レフカメラは5715億円規模で100%、内視鏡は1630億円で97%など実に様々な商品で世界トップクラスのシェアを持っている。
この展示は9月1日まで行われており、その後はNational Museum of Emerging Science and Innovation in Tokyoで開催を予定している。
消費者との接点を設ける試み
The. Labの2、3階にはアクティブラボというスペースを設けている。メガネ型コンピューター、3Dデジタルファッション技術、最先端の介護用サービスロボットなど企業や大学が研究、開発している商品のプロトタイプやサービスの紹介を行っている。こうした先端の技術を一般に公開することで生活者の視点を取り入れより実用的な開発へと結びつけることが狙いだ。いわば、未来の消費者との接点を設けようとする試みだ。ここには現在15の企業、大学、研究機関が参画している。その主なものを見てみよう。
まず独立行政法人のNational Institute of Information and Communications Technologyは200インチの裸眼立体ディスプレーを展示している。裸眼で見られる3Dディスプレーは数年前に話題になったが、200インチの大きさで裸眼立体ディスプレーは世界初。3Dディスプレーとの違いは見る人の位置によって見え方が違うことだ。左から画像を見ると灯篭が邪魔をして後ろの階段の一部が見えないが、右から見ると階段全体がはっきりを見える。実際にそこにいるかのような錯覚になる。こうした高い臨場感を活かしてパブリックビューイング等の電子広告やショールームでの活用が期待されている。
デジタルファッション株式会社のブースでは従来のファッションとデジタル技術を取り入れた研究開発と、3Dの衣服制作を行っている。展示では、人体3Dスキャナーで取り込んだ各個人の体型データを基に3Dで衣服制作を行い、自分の好きな服を自分の体型に合わせて作る流れを紹介している。
Green Lord Motorsのブースでは幻のスポーツカーTommykairaZZのEVモデルを展示している。TommykairaZZのガソリン車は1997年の販売開始からイギリスで生産され、日本へ輸入されていた。206台が納車されたが、運輸省令による保安基準の改正から車体の大幅な構造変更を余儀なくされたため400台以上の受注残を持ちながら販売中止に至った。これが幻のスポーツカーと言われる所以だ。しかし今年の春にEVモデルとして復活。EVにより軽量化と加速力のアップに成功。850kgのボディーに305馬力のパワー。100kmの加速に3.9秒とまさにスポーツカーだ。8百万円で99台限定販売。6月中旬現在、既に半分の受注を得ているという。
Nippon Telegraph and Telephone Corporationのブースでは、見たいところ見える、未来のテレビを展示している。例えばサッカーの試合ではボールがあるところばかりが写るが、この装置ではそれ以外のところを見られたり、拡大したり縮小したりできる。コンサートの映像でも好みの人にフォーカスして楽しむことも可能だ。またこのブースにはご意見ボタンなるものがある。お客さんがこの技術をどう思うか、「とてもいい」「もう少し頑張って」の二者択一で意見することができる。こうしたインタラクティブな展示がこのアクティブラボの大きな特徴だ。
Konoike Transportのブースでは「人力による労働をロボットで代替・省人化を目指す」というテーマでマッスル(株)と共同で開発したロボットアームを展示。アームの先端に掛かる力が操作部に感じられるというこれまでにない操作感を実現したという。実際に来場者に試してもらい、フィードバックを得て今後の開発に活かすという。
実はこうした来場者の反応や評価を吸い上げて開発者へフィードバックする専門のスタッフがいる。それがコミュニケーターと言われる人たちだ。開発者が直接、来場者と話をしなくてもコミュニケーターが代行してくれる。コミュニケーターの上手な会話術で来場者から本音を引き出している。
ナレッジキャピタルにはThe Lab.以外にも見所がたくさんある。Future Life Show Roomでは様々な業種の企業や大学等が一歩先の未来を提案し、生活者とコミュニケーションを行う場だ。21の参画テナントは、買うだけの店舗、見るだけのショールームではなく、生活提案や発見、学びなど、来場者をワクワクさせる体験を提供している。いずれにしてもナレッジキャピタル全体にインタラクティブというコンセプトが貫かれている。単なるショッピングモールとは違い、買う人と売る人という単純な図式を超えて、大阪ならではの人の交流が感じられる新しい施設だ。